四万十川ウルトラマラソン2018
こんにちは。
先日の6期回生富山旅行で、カナダ留学中の写真が流出し、一部の6期メンバーからますますウェイになったといじられている、2回生のはたです。
先週末、皆さんが仮装大会を楽しんでいる裏で、
四万十川ウルトラマラソンにいってきましたので、報告したいと思います。
今年は100㎞の部に2期のワンちゃんさん、オカジーさん、そして私、6期のはたが参加しました。サポートとして、2期のめりきむさん、6期のたんちゃん、5期のまほさんが参加してくださいました。
とても長い記事になりましたが、最後まで読んでみてください。
それでは、「はたくんの四万十旅行」、はじまり、はじまり・・・
6月某日
某Y先輩の物まねをするT君
「だいじょうぶだよ~。なんとかなるよ~。とりあえず申し込んでから考えようよ~。」
気付いた時には、申込完了のメールが手元に届いていました。
7月某日
僕「どうしよう。当選してる…」
T君「だいじょうぶだよ~。なんとかなるよ~。とりあえず入金してから考えようよ~。」
気付いた時には、受付完了のメールが手元に届いていました。
K君は丁寧にも、お葬式用の写真まで用意してくれました。
8月
先輩たちと、小学生対象の「第1回よさのリレーマラソン」(11月11日に開催します!)を作ろうと、与謝野町の古民家で奮闘するも、ウルトラの練習はほとんどできず…
9月
モントリオールでマルチリンガリズムについて楽しく学ぶも、ウルトラの練習はほとんどできず…
10月
「さあウルトラの練習を始めるぞ!まずは20キロ走から!」と思ったのもつかの間、20キロ走後には膝の痛みが襲ってきて、いつもの8キロ走もつらい状態になってしまいました。
ある日の練習
僕「ひざが痛いときって皆さんどうしてます?」
Mさん「さあ~。私、ひざ痛くならないから~」
C先輩「そういえば大会前はひざ痛くならないな~」
T君「だいじょうぶだよ~。なんとかなるよ~。」
K君「ストレッチとかしたら、いいんじゃないかな。」
E先輩「とりあえず、整骨院とか、病院で相談してみたら?近くに『北白川みかげ通り整骨院』っていう、あんぱんご用達の整骨院があるから、そこに行ってみたらどう?」
初めての整骨院
はじめのうちは、なれない整骨院でドキドキしていました。
しかし、ウォーターベッドの気持ちよさと料金の安さに感動した僕に追い打ちをかけるように、担当の先生が的確なアドバイスをしてくれました。「炎症はおきていないから安心してください。君の膝の痛みの原因は、太ももの前側、および足の付け根の筋肉の張りです。今からストレッチを教えるので、毎日お風呂上りに30秒してください。」
なんということでしょう。整骨院で教えてもらった太ももの前側のストレッチを継続すると、痛みはその後数日で和らいでいきました。僕は、自分の運命を『北白川みかげ通り整骨院』に、託すことに決めました。
なかむら先生との出会い
これからの練習メニューを相談するために再び整骨院を訪れると、いつもあんぱんの方がお世話になっている、なかむら先生が、走り方のアドバイスをしてくれました。
なかむら先生「太ももの前側の筋肉が張っているな。太ももの前側の筋肉を使って走ろうとしていなかい?」
僕「はい。」
なかむら先生「ウルトラマラソンを走るときには、太ももの裏側の筋肉を上手に使うことが大切だ。ガオスさんは上手に太ももの裏の筋肉が使えているから、フルマラソンのタイムも早いし、ウルトラマラソンのあとでも(本当に100キロはしったのかな?)と思うぐらい筋肉の張りが少なかったよ」
1週間前
なかむら先生にテーピングをしてもらい、日曜日に最後の(まだ2回目だけど…)20キロ走に向かいました。なかむら先生から教えてもらった走り方を実践しているとき、僕は、サブ4を出した昨年2月の木津川マラソンを思い出しました。
「そういえばあの時もあまり練習がつめてなかったなー。前半走っているときに、いかにラクして前に進むかを考えていたよな。たしか、重力を使った体重移動を利用したんだったよな~。おへそから指三本下のところに丹田って呼ばれる場所があって、そこを糸で引っ張られて、まるで棒が倒れるみたいに体全体で前に倒れていったらいいって、中学生の時、なんかの練習会でどっかの先生が言ってたよな。そしたら、そのままだとこけちゃうから、勝手に足が前に出るんだっけ。こうすれば、太ももの前側の筋肉を使わずに足を前に出せるぞ。体重が足で支えられているのを感じた後、太ももの後ろからおしりの筋肉を使ってそっと丹田を前に押し出す感覚で上体を前に出しながら傾け、重心を移動させてやるといいのかな?この時、太もものうしろからおしりにかけての筋肉の力を、しっかりと足の裏から地面に伝えてやると、ほら、前にビュンって進む加速度を感じた!そのまま丹田を意識しながら体を前にたおして重力を感じると、さらに加速した!そしてもう一方の足がまるで振り子のように勝手に前に出てきて・・・。すごい!物理で習った重力や加速度、そして振り子の運動を体で感じられてる!もしかして体の重心って、丹田にあるのかな?わー!東洋の神秘的な考え方と、西洋物理がつながった!イェーイ!やっぱ武道ってすごいな~。昔から大切にされているものには、何かちゃんとした科学的な根拠があるのかもしれない。この走り方をマスターしたら、もしかして四万十川ウルトラも完走できちゃうかも!」
本当は引き返す予定でしたが、気付いた時には、体は勝手に貴船神社の方向に向かっていました。初めての貴船神社。先の台風によりなぎ倒された木々から、自然の雄大さ、そして畏れ多さを感じました。疲れはすべて引き飛ばされ、楽しい観光となりました。カップルが多い貴船神社で一人、「ここでこんなこと祈る人は僕ぐらいだろうな」と思いながら、「ウルトラマラソン完走できますように!」とお祈りをしてきました。
月曜日
日曜日に予定よりも10キロも多い30キロ走に行ったのに、思ったより疲れは残っておらず、「これはもしかしたら完走できるかもしれない!」と思いました。整骨院のなかむら先生も、「太ももの前側の張りも少ないし、しっかりと太ももの後ろが使えてるね。」と言ってくれました。
火曜日
夜にアンパンで8キロ走をしました。
「あれ?少し左足に違和感を感じるような…。まあ、痛くないし大丈夫か。」
アフターでは、アンパンに来ていた留学生の方に”I want to make a friend who runs 100 km!” と言われ、「絶対完走しなきゃ…」と思いました。
水曜日
今日は整骨院に行かないつもりでしたが、5限終了後に左膝に痛みを感じたため、急きょ整骨院を受診することにしました。
なかむら先生「火曜日の練習はどれくらい走った?」
僕「すこし速いかなって思ったのですが、友達とおしゃべりしながら、キロ6のペースで8キロ走りました。」
なかむら先生「おしゃべりしながら走れるのならよいペースだが、痛みが出たのは、少し日曜日の疲れが残っていたからかもしれないな。練習をするときには、疲れをためないことが大切だ。本番までにしっかりと筋肉をほぐしておいたほうがいいから、これからも来てほぐしてもらうといい。少し腰も張っているなー。ほぐしとくよ。」
そうです。太ももの前側のストレッチをするときに背筋を使うため、少し腰に負担がかかってきていたのでした。
木曜日
今日も左膝の痛みが続いたため、整骨院に筋肉をほぐしてもらいに行きました。でも、昨日とは痛み方や場所がちょっと違ったので、「これは足の筋肉のコリからくる痛みで、たぶん致命的な怪我じゃないから大丈夫。」と思うことにしました。
金曜日
今日は、あんぱんの練習は足を動かすだけにとどめて4キロで切り上げ、自宅に戻り、お風呂に入って、その後本番のテーピングをしてもらうために整骨院に向かいました。
僕「どこか気になったところはありますか?」
なかむら先生「膝の関節はしっかり動いていて大丈夫そうだな。いよいよ日曜日だな。あとは完走できるかどうかだな。ただ、腰に不自然な張りを感じるな。腰にもテーピングが必要だな。何か思い当たることはない?」
僕「いいえ、何も思い当たらないです。」
両ひざと腰にテーピングをしてもらった後、僕は早めにベッドにつきました。
前日の朝、百万遍で
僕の心の不安を早朝するかのような、雨降りの中、集合場所の百万遍に向かいました。百万遍では、オカジーさんとワンちゃんさん、そしてメリキムさんに初めて出会いました。オカジーさんは前回の反省を生かして、月に300キロの走り込みをしたと聞いて、「ほんとに大丈夫かな~」と不安がますます増していきました。
淡路SA
ワンちゃんさんのドライブはとても上手で、車でいっぱいの京都市内をスムーズに通過していきました。さすがです。淡路SAで停車したら、ちょっと休憩タイムです。明石海峡大橋の前でわたる君に集合写真を撮ってもらいました(注:淡路SAに行ったら、何のことかわかります。皆さんも徳島マラソンや四万十川ウルトラマラソンに行って、わたる君に写真を撮ってもらってください)。やっぱり明石海峡大橋はキレイ!それと同時に、途中でリタイアしてしまった徳島マラソンの思い出がよみがえってきました。「そういえばあの時はここで観覧車に乗ったよな。あの時はスタート直後から膝が痛くなって、膝の痛みに気を取られていたら、給水を忘れてしまったよな。のどの渇きを感じて、慌ててたくさんスポーツドリンクを飲んだら、おなかを壊してしまって、飲んだ分だけリバースしてしまって、脱水症状になって、熱中症になって、大会の係の人に止められて…。ああ、思い出したくない。今回も練習不足だし、徳島マラソンの時みたいになっちゃうのかな?いやだー!今回は熱中症にも気を付けて、絶対完走するぞ!でもほんとに大丈夫かな?」その時、僕はT君の口癖を思い出しました。
「だいじょうぶだよ~。なんとかなるよ~。とりあえず当日になってから考えようよ~。」
そうです。今完走できないことを考えても仕方ありません。今は今できることをやるだけです。
吉野川SA
淡路島SAからはメリキムさんが運転してくれました。先輩たちの運転にはさすがの一言しかありません。徳島のどこかのSAで、運転が丹ちゃんに代わりました。さすが名古屋っ子、急加速に短くて急なハンドル操作、まるでゲームの中のようなちょっとひやひやする運転でしたが、無事吉野川SAに到着しました。吉野川SAでは、お昼ご飯を食べました。その時まほさんが「ちょっと散策してくるね~」と言ってフラっとどこかへ行ってしまいました。まほさんらしい、どこか不思議な、マイペースです。お昼ご飯を食べているときは、「明日の今頃は何キロ地点にいるのかな~」って考えていました。
南国SA
その後は、まだ初心者マークが外れていない、まほさんが運転をしてくれました。はじめのうちはちょっと不安でしたが、アクセルの使い方やハンドル操作がうまかったせいか、僕はだんだん眠くなってきました。「今寝ると夜に寝られなくなるよ」とオカジーさんに言われましたが、耐えられず、しばらくの間意識が飛んでしまいました。
南国SAでは、クジラのモニュメントがお出迎えをしてくれました。〈注意:遊具ではありません。危険ですので、乗らないでください〉という警告がありましたが、「このクジラ、乗ったらダメなら何のためにあるやろ?」と、警告を無視し、みんなで楽しく遊びました。良い子の皆さんは、危ないからマネしないでね。
前日受付
その後は、丹ちゃんがちょっと運転し、高速を降りた後はオカジーさんが運転をしてくれました。スピードを出していることを感じさせない安定したハンドルさばきで、会場まで連れていてくれました。前日受付会場には、16時30分ごろに到着しました。「明日の今頃は残り3時間だから、80キロ地点ぐらいにいるのかな~。今日のドライブはとっても長くて疲れたけど、明日はもっと長い時間走っているのか。信じられないな。ゴールした後まで記憶が飛んだらいいのに。でも、それだと完走した喜びを感じられないか」って考えながら、会場に向かいました。
受付会場では、ナンバーカードに貼るステッカーを選べます。オカジーさんは、「俺についてこい!」というステッカー、ワンちゃんさんは「不安」というステッカー、僕は「ビギナーです」というステッカーを選びました。本当は「不安」というステッカーにしようかと迷ったのですが、「不安」のステッカーにすると完走できない気がしたので、「ビギナー」のステッカーにしました。
また、受付会場ではフィニッシャーズアイテムの展示もありました。高級感あふれる木版に飾られているメダルを見ると、「完走したい!」という思いが強まりました。
前日受付会場では、テントで夜を過ごす人や、車中泊をする人の姿もありました。そういう人達を見ていると、「先輩方が宿やレンタカーの手配もしてくださり、サポートのメンバーまでいる自分たちはとても恵まれているな~。こんなに恵まれた環境で参加させてもらっているのに、リタイアするわけにはいかないな。」って感じました。先輩方、そしてサポートのメンバーの方、本当にありがとうございます。
前日受付を終えた後、神大マラ同の一行に出会いました。2回生の女子も100キロに挑戦すると聞いて、驚きました。「自分も負けてられないな。絶対にリタイアできないな。」と、完走したいという気持ちがさらに強まりました。
夕食
夕食は、みんなでカツオ料理を食べました。このレストランでカツオ料理を食べるのが、毎年の恒例なのだそうです。レストランが大変混んでいたため、待ち時間には近くのコンビニや薬局で明日の朝食、およびランニング中に必要なものなどの買い出しに行きました。初めてのウルトラマラソンでどのようなものを準備したらよいかいろいろ戸惑っていると、メリキムさんが、優しく、「ランニング中に携帯するジェルは、クエン酸がいいよ。」「このミネラルが含まれたドリンクを、前日の夜から明日の朝に飲んで、体の中にミネラルがある状態で臨めるようにしたらいいよ」と、サポートしてくださいました。また、レストステーション用のエアサロンパスや、服のずれによる痛みを防ぐワセリンなども、ランナーのために買ってくださりました。サポートの皆様、本当にありがとうございます。
宿
ご飯を食べたら、いよいよ宿へ向かいます。運転は丹ちゃんがしてくれました。途中、四万十川を横切りました。何も見えませんでしたが、誰かが「Yeaah!」 「日本最後の清流、四万十川!」「Japanese, beauty!」などと叫ぶと、誰かが「四万十川も見たし、いい高知旅行だった。このまま帰りたいな~」とつぶやきました。
途中で、道の分岐がとても難しい場面があり、道を間違えてしまいました。2回目に四万十川を渡るときも、一回目と同じように、「Yeaah!」 「日本最後の清流、四万十川!」「Japanese, beauty!」などの声が聞こえたので、とても面白かったです。
僕たちが泊った宿は、和風の宿で、部屋には掛け軸が飾ってあり、とても雰囲気が良かったです。お風呂に入る前には、明日の準備をしました。「ランニング中は何を持っていったらいいだろう?去年のまほさんのブログを読んでいたら、友達が〇〇キロ地点で待っていてくれてる、っていうのが、心の支えになったって書いてあったよな。今回6期では丹ちゃんしか来てくれてないから、どうしよう?そうだ、携帯を持って行って、アンパンのメンバーに電話をかければいいんだ!ななせさんとわたる君の電話番号なら知っているな。じゃあ、ななせさんだけに、一番しんどいと思われる77キロ地点で電話をすることにしよう。何があっても、77キロ地点まではたどり着くぞ。そこまでいけば、あと23キロだから、何とか意地でゴールできるだろう」っと、77キロ地点でわたる君かななせさんに電話をかけることに決めました。
お風呂に入って、21時頃には布団に入って明日に備える…はずでしたが、布団に入ると、腰の痛みを感じて、頭の中でいろんな不安が駆け巡り、なかなか寝付けませんでした。それでも、「明日は3時45分出発で睡眠時間があまりとれないし、つかれたな~。早く寝たいな~」と思っていると、知らないうちに眠りにつくことができました。
朝
3時15分に起床。朝食を食べて、いよいよ会場に向かいます。本当は、出発は3時45分のはずでしたが、サポートのまほさんが寝坊して、出発は4時になってしまいました。でも、会場には無事、早めに到着してよかったです。
会場につくと、頭上には満点の星空が広がっていました。オリオン座がとてもきれいで、丹ちゃんがとてもびっくりしていました。会場入りしてからスタートまでの待機時間は思ったより短く、荷物を預けたり、靴紐を結びなおしたりしている間に、あっという間にスタート時間がやってきました。これから14時間の戦いが始まります。
スタートから10キロ地点
半分寝ながら走っていたので、あんまり覚えていません。前のほうに神大マラ同と思われる人を発見したので、その人たちについていくことにして、ぼんやりと走っていました。とても寒かったです。途中で膝のテーピングが外れかけているのがすごい気になった時期もありましたが、10キロ地点付近でトイレに行き、マラ同らしき人達からは離されてしまってからは、いかにしてトイレの時間を挽回するかで頭がいっぱいになり、テーピングのことは忘れてしまいました。
10キロから20キロ
10キロ地点ぐらいまで来ると、だいぶ空も明るくなってきました。また、景色もどんどん変わり、「100キロウルトラだと結構な距離進むんだなー」って思いました。時折見える朝の渓流はとても美しく、神秘的でした。森の中では、セカオワの炎と森のカーニバルが頭の中で流れていました。多分PVに出てくる森を思い出したのでしょう。
15キロ地点ぐらいからだんだん山道が急になってきて、走り続けるのが少し大変になってきました。「本当に完走できるのだろうか、完走できなくても、絶対に61キロのレストステーションまでは行って、フルよりは長い距離を走るぞ。そして、60キロだったら完走できたのに、って言えるようにするぞ。いやいや、やっぱり77キロ地点まで行って、アンパンのメンバーに電話をかけるぞ。いや、そんな考えではだめだ。だいじょうぶだよ~。なんとかなるよ~。とりあえず先のことはその時になってから考えようよ~」と思いながら走ったり歩いたりしている私の横を、よぼよぼのおじいさんとおばあさんがすいすいと駆け上っていきました。私は、ウルトラマラソンに最も大切なものは、筋力でも、体力でも、精神力でもなく、あのおじいさんとおばあさんのような、ほとんど力を使わない、効率の良い走り方なのだと思いました。実際におじいさんのフォームを真似してみると、あらあら不思議、上り坂なのに、まるで下り坂みたいに前に進むではありませんか!しかし、慣れないフォームで少し疲れたため、あまり長続きはしませんでした。そうこうしているうちに、トイレに行ったときに置いて行かれた神大マラ同の人たちに追いつき、追い抜きました。トイレでロスした時間を挽回できた気がして、少し精神的に楽になりました。
20キロから30キロ
21キロ過ぎの最高点を過ぎてからは、急な下り坂のスタートです。「ハーフならもうここで終わりなのかって考えると、ハーフはやっぱり短いな~」なんて思っていると、神大マラ同の人たちが私を抜き去り、キロ6を切る猛スピードで坂を駆け下りていきました。もし完走できなかったら恥ずかしいので話しかけることはできませんでしたが、神大マラ同の人たちに置いて行かれると精神が萎えそうなので、後ろから必死についていきました。坂道が緩やかになると、神大マラ同の人たちのペースが落ちてきました。私は緩やかな下り坂のほうが足に負担がかからず好きなので、ペースアップをして神大マラ同の人たちを抜き去りました。しかし、トイレに行っている間に再び抜かれてしまいました。日が昇るまではとても寒かったので、結局30キロ地点までに3回もトイレに行ってしまいました。トイレに並んでいる間は、待ち時間という名の休憩時間です。ストレッチをして、疲れた足の筋肉をほぐす貴重な時間となりました。
30キロから40キロ
トイレで神大マラ同の人たちに置いて行かれてからは、たまたまやってきた、風船を付けた12時間のペースランナーの人たちについていくことにしました。しばらくすると神大マラ同の人たちにも追いつきましたが、今のペースが気持ちよかったので、そのままペースランナーの人たちについていくことにしました。30キロを過ぎても、足の関節などに痛みはなく、「もしかしたら完走できるのでは?」と思い始めました。でも、「あと70キロもある」と考えると、一気に暗い気分になりました。「いやいや、残りの距離のことは考えちゃダメ。だいじょうぶだよ~。なんとかなるよ~。今はとりあえずこの風船を付けた人たちについて行って、後半歩いてもいいように貯金をいっぱい作るぞ!」と思っていると、風船ランナーの方が、「まもなく四万十川が見えます!」と言ってくれました。初めてしっかり見る四万十川は大変美しく、思わず「キレイ」と言ってしまいました。そしてその景色は、山道の疲れをすべて吹き飛ばしてくれました。33キロ地点では、「もう3分の1の地点に到着したのか。思ったよりはやかったな~」と感じました。これからはだんだん気温が上がっていくので、熱中症との戦いになります。徳島マラソンの反省を生かし、給水には最大限の注意を払うことにしました。それにしても四万十川はキレイ!ドライブではなく、自分の足で走りながら移り変わる景色を楽しめるので、本当に最高です!
40キロから50キロ
ちょうど40キロ地点を通りかかったころに、60キロの部がスタートしました。風船ランナーと一緒に、60キロの部の人たちを追い抜いていくのは気持ちよかったです。「自分ってまだまだ余裕があるんだ!」っと、ますます元気が出てきました。
風船ランナーの一人は、なんと2週間前に、200キロを超えるレースに出場したそうです!「世の中にはさらに頭のおかしい人がいるんだな~」と、とてもびっくりしました。風船ランナーになるには、過去3年以内に、2回以上サブ10をしないといけないそうです。こんな人たちにとったら、もう100キロなんて余裕なのかな?
僕は帽子をかぶっていなかったので、熱中症にならないようにいろんなことに気を配りました。まず一つ目。のどが渇いてなくても、給水所では毎回給水を取る。スポーツドリンクがあるところでは、スポーツドリンクも飲む。また、給食があるところでは、毎回少しずつ摂取して、エネルギー切れにならないようにする。2つ目は、給水所でもらったスポンジを水で濡らして、髪の毛に水をかけ、頭が熱くならないようにすることです。これから暑い時間帯が続くので、絶対に熱中症にならないように気を付けていきたいです。
50キロから60キロ
風船ランナーの人に、55キロ付近に急な坂道があると教えてもらっていたので、そこで風船ランナーに置いて行かれないように、少しペースアップすることにしました。気づいたら1キロ5分30秒で、あの下り坂の時よりもハイペースになっていました。とても気持ちよかったです。半分眠りながら走っていたので、ほかのランナーに、「抜くのはいいけど、そのあとすぐに前に出るな」と、怒られてしまいました。
沈下橋では、カメラマンの人がいたので、満面の笑みでピースしながら走りました。近くから見る四万十川は本当にキレイで、最高でした!やっぱり人に見られて、写真を撮られると、有名人になった気分でテンションが上がります♪今までの疲れも忘れて、本当に楽しかったです♬ ウェーイ!!!
沈下橋を過ぎたあたりでは、おばちゃんランナーに、「少年!よく出会うね。」と声をかけられました。まるで小説のワンシーンみたいでとてもワクワクしました。
おばちゃんランナー:「なんでこんなに若いのにウルトラマラソンに参加しようと思ったんだい?」
僕:「10代最後の馬鹿をしたかったからです!」
おじさんランナー:「若いうちはウルトラなんかやらなくても他にもすることがあるだろ?女の子と遊んだりとか。」
おばちゃんランナー「やめなさいよ~。あっちゃん。」
(注:あっちゃんとは、おじさんランナーのTシャツに書かれていた名前です。)
私は今まで彼女のいない、いわゆる年齢イコール勢です。今まであんまり考えたことはありませんでしたが、やっぱり10代最後のクリスマスを一人で過ごすのは寂しいな~って思いました。彼女を作るためにも、まずは今日のウルトラを完走するぞ!
55キロ過ぎの急坂では、60キロの部に出場している大学生に出会いました。「どんなサークルに入っているの?」って聞かれて、「ランニングサークルに入って、週に2日鴨川で走ってる」って答えたとき、僕って、実は、まるでドラマや小説の舞台になりそうな場所で、大学生活を送ってたんだな~って気づきました。京都に戻ってからは、勉強もサークルも頑張って、後悔しない、思い出いっぱいの大学生活を満喫するぞ!そのためにも、まずは今日、絶対に完走するぞ!
60キロから70キロ
レストステーションでは、サポートの3人が待っていてくれました。オカジーさんは私よりも1時間半も早く到着したそうです。さすがオカジーさん!ワンちゃんさんは、20分前に到着したそうです。このまま風船ランナーについていけたら、どこかで追いつけるかも!メリキムさんにエアサロンパスをかけてもらい、まほさんからはワセリンをもらって、服がすれるところに塗りました。この時わきの下に塗り忘れたので、お風呂では悲惨な痛さが待っていました。手厚いサポート、ありがとうございます!
この後は、77キロ地点でアンパンのメンバーに電話をかけること、次の給水所にたどり着くことを楽しみにして走ります。まだまだ暑い時間帯が続いているので、熱中症には要注意です。時々給水所と給水所が3キロ以上離れている区間があります。風船ランナーのペースが少し速いって感じた時もありましたが、離れてしまうと給水と給水の間の時間が伸びて逆に疲れてしまうので、頑張ってついていくことにしました。やっぱり風船ランナーについていくのは、自分でペースを組み立てなくて済むので、本当に精神的に助かります。「もう残りの距離はフルより短いんだ!」と思うと、なんだか気が楽になるような、重くなるような、変な気分です。
70キロから80キロ
だんだん気温も涼しくなってきましたが、最後まで熱中症には要注意です。70キロ地点では「60キロの部に出場した選手の中間点まできた~」75キロでは、「50キロを過ぎてからの苦しみの中間点に来たー」と、気分を盛り上げました。つり橋を渡るときは、真ん中付近で「ヤッホー」と叫ぶと声がやまびこみたいに響いて面白かったです。しかし、だんだん疲れがたまってきて、景色などで気が紛らわすことが難しくなってきました。「あと何キロでアンパンのひとに電話できる!」と思って必死にモチベーションを保ちました。そして訪れた77キロ!わたる君の携帯に電話しても出ず、ななせさんの携帯に電話するとつながりました!ななせさんやゆりみーさん、ちなっちゃんにわたるにトーマス。みんなの声を聴いて、とても癒されました。みんなありがとう!これであと23キロ走り切る元気が湧くはず…でしたが、事態は思うようにはいきませんでした。①風船ランナーに離され、目標を失った。②一度歩いたことで、疲れがどっと出た。③アンパンの人に電話するっていう禁じ手を使ってしまい、次の楽しみをうしなってしまった。ということで、ここから僕は、一番苦しい時間帯を迎えることになったのです。
80キロから90キロ
80キロ地点付近は、本当に苦しかったです。一度歩くと走りたくなくなるし、立ち止まると歩きたくなくなります。ペースも落ちたので、全然前にも進みません。また、残りの距離を全部歩いてもギリギリ完走できそうなタイムだったので、イマイチ走るモチベーションも湧きませんでした。その時、去年のブログで、まほさんが心の支えにしていた格言を思い出しました。『①足は痛いものだと思え②這ってでも完走するっていう気持ちで』。「確かに足は痛いが、僕の場合、筋肉の痛みで、致命的な関節の痛みじゃないから、足は痛くない!だから大丈夫。まだ走れるし、這うような状態じゃないから完走できるはず!」と自分に言い聞かせました。それでもなかなか走り出せないでいると、つり橋で抜き去った大学生と思しき女子に抜かれました(注:ゴール後、ナンバーカードの桁数から、実は30代前半の部の参加だったことがわかりました。この例からも、いかにウルトラ参加者の年齢層が高いかがわかると思います。)「同年代の女子に負けるわけにはいかないぞ」と、僕も再び走り始めました。しばらく走っていると、飛騨高山ウルトラマラソンを完走された、メーカで営業職をしている社会人の方に出会い、一緒におしゃべりしながら走ることになりました。自分の将来の夢についてなどのおしゃべりをしながら走っていると、早いもので、知らない間に93キロ地点にたどり着きました。80キロ地点で感じた苦しみを和らげてくれて、本当にありがとう!
90キロから100キロ
「ここからキロ8で走ると、12時間半を切れますよ!」と私が提案すると、「お前結構タフだな~。結構つらくて足動かないから、次の給水所でお別れになると思う」ってメーカー営業職の方に言われました。自分に思ったより余力が残っていることに気づいた私は、元気が出てきて、「よーし、ここからキロ8にペースアップして、絶対に12時間半を切るぞ!残りの距離はあとアンパンの練習1回分だし、体力は持つな!」と、ペースアップしました。実際にはキロ7までペースは上がり、頭の中で計算した残り時間が理論値より速いスピードでどんどん縮まっていきます。「もうすぐ四万十川ともお別れか~」と思うと、何となくさみしい気持ちになり、もう一度四万十川を眺めて。「キレイ!」って癒されました。すると段々テンションが上がってきて、ペースも上がります。あと4キロ、残り32分!あと3キロ、残り24分!あと2キロ、残り16分!とどんどんカウントダウンが小さくなるにつれ、ペースとテンションは上がっていきます。もう脱水症状になる心配はないので、ラストの給水所はお水を取らずに走って通過します。「残り1キロのところに急坂があるけど、それを歩かず走り切ったら、もう後は下るだけ!12時間半も切れるぞ!」と思うと、どんどんテンションが上がり、ペースアップしながら坂道を駆け上りました。ラスト1キロの看板が見つけられませんでしたが、坂道の上からの声援が私を後押しし、ペースはどんどん上がっていきます。声援に向けて全力でピースサインをして加速すると、沿道の応援の人がそれに応えてくれて、ますますテンションが上がります。まるでヒーローになった気分です!坂道の頂点を右に曲がると、提灯のともった花道が、私をフィニッシュ会場へと導いてくれます。花道に差し掛かる前、運動会のテーマソング、『天国と地獄』が一瞬聞こえたので、私の頭の中のテーマソングは『天国と地獄』にチェンジし、アップテンポなリズムに乗ってさらに加速していきます。曲がりくねった道を、歩く他のランナーを軽く追い抜きながら、どんどん会場に近づくにつれ、ペースとテンションはどんどん上がります。フィニッシュ会場の中学校の敷地内に入り、会場のアナウンスが聞こえると、体育館の裏から、もう短距離走のような猛ダッシュです!曲がり角を曲がり、会場に飛び込むと、たくさんの観客が!最高の気分でVサインをしながら、会場の「1042番、猛スピードでゴールに飛び込みます。」とのアナウンスを聞きながら、ゴールに飛び込みます!その時の興奮は、今までの人生で最高でした!ジェットコースターに乗った時の、100倍の興奮です!イェーイ!そのまま勢い余った僕は、完走メダルを渡してくれるボランティアの方々に突っ込みそうになり、「止まってください!」って止められちゃいました。徳島マラソンではリタイアしてもらえなかった完走メダルを首にかけると、やったー!完走できた!リベンジ成功!と、喜びが倍増しました!!!そのあとは椅子に座り、膝を氷で冷やしながら、丹ちゃんが電話をかけてくれた日下部に向かって、「最高―!」と絶叫していました。もう何もかもがサイコーで、寒さも忘れてずっと電話してました。
僕「麻薬の20倍も強いとか言われている化学物質が、いま脳内でバーストしてるのかな!イェーイ!ほんとサイコー!てか、めっちゃ語彙力なくね?ま、いいか、とにかくサイコー!」
日下部「その化学物質はお前が自分で出したんだよ。100キロも走ってそんなに感動していたら、当然語彙力もなくなるよな。」
と、冷静に突っ込んでくれました。相手をしてくれて、本当にありがとう!
更衣室で着替えた後は、露店で夜ご飯を食べ、そしてキレイな花火を見ました。丹ちゃんと電車ごっこをしながら見たこの花火を、一生忘れることはないでしょう。
私が完走できたのは、なかむら先生や、サポートのメンバー、そしてアンパンのメンバーの皆さんの支えのおかげです。本当にありがとうございました!それから、当日雲一つない青空で、何回も私の心を癒してくれた、四万十川の雄大な自然にも、本当に感謝します。そして何より、100キロの間、痛くならずに堪えてくれた、私の膝と腰、そして私の体、本当にありがとう。おつかれさま。
100キロウルトラマラソンを完走すると、ほかのことでは絶対に経験できないような、最高の興奮を味わえるので、少しでも気になっている人はぜひしっかりと練習を積んで参加してみてくださいね!「だいじょうぶだよ~。なんとかなるよ~。(笑)」
最後までブログを読んでくださり、ありがとうございました。
以下、今回のウルトラマラソンに参加したほかのメンバーの感想です。
M2のおかじーです!
やっぱりウルトラマラソンは何度走ってもしんどいものですね…
ですが今回のマラソンで、しんどい時を我慢したら楽な時間帯が来るというのは本当だなと改めて実感しました。
これからの人生も山あり谷ありだとは思いますが腐らずに頑張っていこうと思えました!
(さすがに80キロ超えてからは限界がきて復活しませんでしたが…笑)
一緒に走ったわんちゃんとはたくん、
そして全面的にサポートしてくれためりきむ、まほりん、たんざわくん、本当にありがとう!!!
M2のわんちゃんです!
正真正銘ラストウルトラ!と心に決め、並々ならぬ覚悟で臨んだんですが、途中で膝をやっちまいました!
悔しさがこみあげてくるので、やっぱり前言撤回して、この経験をバネに次のウルトラにもエントリーしようと思います!とはなりませんもう絶対に走りません応援ありがとうございました!